案内人に連れられ、
城の外へ出て振り返りますと、
小窓から見送っている人が、遠くに見えました。
隊長であったろうと思います。
〜佐藤c「聞きがき新選組」 より抜粋〜
写真
明治2年 日野
佐藤家に、一人の少年が訪ねてきた。
「私は、土方隊長の小姓を勤めていました。市村鉄之助と申す者です。」
ボロボロになった少年は、懐から小さな写真を取り出す。
「…隊長の命で、箱館から、これを届けに参りました。」
少年−市村鉄之助−はそう言うと、ポツポツと、あの日の話を語り始めた。
「今日は、お前に大事な用を命じる。」
その日、土方の部屋に呼び出された市村は、その言葉を聞き、その用事の意味を
瞬時に悟った。
「…嫌です。」
「…まだ何も言っていないが?」
「…私に、落ちろと…いうのでしょう?」
顔をあげずに、市村は拒絶の言葉を口にする。
半ば予想していた反応に、土方はひとつため息をつく。
「…嫌です!…私は隊長と…っ」
市村は顔をあげると、悲痛な声をあげる。
「…お前、いくつになる?」
市村の言葉を遮るように、土方はそう尋ねる。
「…16に…なります…」
「…俺の半分以下か…。ならば尚更だ。」
「隊長…っ!」
市村の瞳から、こらえていた涙が溢れ出す。
「何故…何故ですか…っ!私は隊長にお供したい!…覚悟はできています!」
土方は、泣きじゃくる市村に近づき、肩に手を置く。
「…お前はこれから、まだまだ多くのことを経験するだろう。その可能性を、潰
したくはないのだ。…わかってくれ。」
京都にいた頃…"鬼の副長"と呼ばれていた頃には考えられなかったような優しい声だった。
「ですが隊長…っ!」
「ここでお前が死んで、何が変わる?…お前にはまだ、できることがあるはずだ。」
土方はそう言うと、懐から小さな紙を取り出す。
「これを、日野の佐藤という家に、届けて欲しい。」
「これは…」
それは、土方の写真だった。
戦いの最中のふとした合間に見せた、優しい顔をしていた。
「これを、日野の姉上と義兄上に…届けてくれ」
「隊長…っ」
市村はまだ納得がいかないとばかりに声をあげる。
「頼む。最後の、任務だ。」
"最後の"という言葉は、これが永遠の別れだということを物語っていた。
しかし、土方の穏やかな声に、反論はもう、できなかった。
市村は涙を拭きながら小さく頷く
「明日、船を手配した。それに乗って帰れ。」
「…わかりました…」
土方は、まだしゃくりあげる市村の肩をポンとひとつ叩くと、目線を合わせた。
「…達者でな。」
そして、そう一言だけ言った。
翌日。
五稜郭から出る市村の後ろ姿を、土方は窓から見送っていた。
後ろ姿が小さくなった頃、市村が一度だけ振り返った。
ふと、視線が合った。
「そのとき、私は、隊長に、"生きろ"といわれた気がしました。」
「あのとき、隊長が何を思っていたかはわかりません。
遠くて、表情もはっきり見えませんでした。
…けれど、笑っていたと思うのです。」
「私は、本当は隊長と共に討ち死にしたかった。その覚悟もありました。
ですが私は、隊長によって生かされてしまった…。何度も考えました。
何故、と。何故私だったのか、と。」
「日野へ来る道中、何度もこの写真を眺めました。
…そして、思いました。」
市村は涙に濡れた顔を下げ、小さな写真を見つめた。
「…隊長が私に言った"まだできることがある"という言葉。
私は、この写真を伝えるために生かされたのではないかと」
床に置かれた土方の写真の上に、
いくつか涙の雫が落ちる。
「…隊長…いえ、副長。 最後の任務、完了いたしました。」
そう言うと、堪えていたものがあふれ出すように、
市村は床に泣き崩れた。
明治2年
この日市村鉄之助が日野に届けた土方歳三の写真は、日野の人々によって受け継がれ、
現在も多くの人々に知られている。
〜fin〜
*あとがき*
5月11日 土方さん命日記念フリー小説。
土方さんの命日のはずが…とんだ市鉄小説ですみません←
実は、前日まで構想も何もできてませんでした。この小説。
何か書きたいとは思っていたんですが、なんかピンとくるものがなかったんですよね。
で、こういう感じになったのは、冒頭にもあります、佐藤cさんの「聞きがき新選組」
の一節がきっかけです。
窓から、黙って市村を見送っていたという土方さんに、胸を打たれました。
けれど、その見送ってた部分が少ないのは何故かと言いますと…
単に思いつかなかっただけ………ゴホン。いえ、仕様です←
土方さんがそのとき何を思ってたかとか、難しいんですよね。
とにかく市鉄の無事を祈って、これから色んなこと経験してほしいとか思ってたんでしょうね。
いや…でも難しくて…とてもじゃないが私の文章能力では表現できなかったんです。
あと、逃がされた後、市鉄が、どんなこと思って3ヶ月もの間日野目指して歩いたんだろう、とか。
きっといっぱい泣いたんでしょうが。
とにかく、市鉄が写真を届けてくれたおかげで、今日私たちは土方さんの姿を知ることができるわけです。
もしあのときに市鉄が土方さんと一緒に死んでたら、今頃土方さんはさらに謎に包まれてただろうし。
いや、うん。ね…まぁ、多分そういうことを書きたかったんです。
文章が下手すぎて伝わりませんが…;;
自分なりに、そういうの思って書いてみました。
長いあとがきですみません。
一応、フリーなので煮るなり焼くなりお好きにどうぞ!でも報告いただけるとうれしいです。
2010年5月11日
如月神無 拝