闇にへだつや








慶応四年二月二十八日。
近藤勇が、千駄ヶ谷で療養中の沖田総司を見舞った。


沖田は昔と変わらず屈託のない顔で笑っては、
冗談を言い、それに対してまた笑い、
「笑うと後でせきが出るので困ります」などと言った。




「甲陽鎮撫隊として甲府へ行くことになった。」
と、近藤が近況を告げると、沖田は

「私も行きます。」
と、同行を申し出る。


しかし、連れていけるわけがない。



「お前はまず、病気を治してからだな。でないと、同行は許可できない。」

「いいえ、一緒に行きます。」

沖田はまっすぐ近藤を見たままだ。

と、近藤の頬に一筋涙が伝った。

骨と皮だけになった沖田の姿。それでもなお、まっすぐ見つめてくる瞳。
理由を聞かれるとよくわからない。
しかし、どういう訳だか、涙がでてたまらなかった。


「近藤先生?どうされました?」

突然泣き出した近藤に、沖田は慌てたように手を伸ばす。


「総司…すまない…」

近藤は、沖田の細くなった手を強くつかむと、そう一言漏らす。



「…やめてくださいよ…。あなたに謝られてしまったら…私は…」


近藤をまっすぐ見ていた沖田の瞳が滲んだ。


「私は…」


"もう役に立たないのだと、思い知らされる"

その先の言葉を知ってか知らずか、近藤は沖田の体をがっしりと抱き寄せる。




「総司…すまない…」
「悔しい…ですよ、近藤先生…」



動かねば 闇にへだつや 花と水



沖田総司は、この日だけは声を上げて泣いた。





***




慶応四年五月三十日


沖田の看病をしていた飯炊きの婆さんが
「ああ、今日は暑いですね」と言う。

しかし最早、沖田の体はそれを感じ取ることすらできずにいた。
最後の時がもう目の前にあることを、自らも実感する。



沖田は、四月に近藤がこの世を去ったことを、未だ知らされずにいた。




「近藤先生…」


声になったかならないかは分からないが、沖田はそう呟き、
目を閉じた。


目を閉じると、闇の中に自分が溶けてしまいそうで、好きではなかった。


しかし、目を閉じれば視界は暗いはずなのに、
どういう訳か、この日は明るかった。

光と共に、会いたかった人の姿が見えた。










近藤先生、
ああ、やはり、そちらにいらしたんですね。
だからあの時私も一緒にと言ったのに…。
酷いなぁ、先に行ってしまわれるなんて。


"闇にへだつや"なんて言いましたけれど、
そちらはそんなにも明るいのですね。


もう少し、待っていてください。
そうしたら、北へ行きましょう。
諦めの悪い土方さんのことだから、最後まで戦っているんでしょう。
一緒に、戦ってあげないと。


もう少し、
もうすぐ、この動かない体から解放されたら
また、一緒に剣を振るいましょう。












「沖田先生?」




沖田を呼ぶ声は、もはや本人には届いていなかった。
そこには、もう動かない体だけがあった。
















-終-





*あとがき*

沖田命日ということで、思いつくままに書きました。
"笑うと後で咳が出るので困ります"というのは、総司が他の病人たちに冗談ばかり言って明るく振舞っていたときの言葉。
性格がわかりますよね。
近藤さんが総司を見舞った後、「骨と皮ばかりの総司の顔を見たら涙が出てたまらなかった」と奥さんに語っていたというのは有名な話。
そして、その日だけは総司も声を上げて泣いたというのも有名な話。
今回はそれをもとに書かせていただきました。
本当は、このとき甲府への同行を願い出て、一度は加わったが結局病のせいで途中で離脱したという話ですが、
まぁ…話の流れ上、今回はそのへんは割愛です(笑)
「動かねば 闇にへだつや 花と水」は総司の辞世の句ではないかということですが、
剣がすべてだった総司が、戦わなければ自分が闇に消えてしまいそうで、近藤さんとも土方さんとも離れてしまいそうで……。
動けない自分が、もう近藤さんの役に立てない自分が相当悔しかったんだろうなーと。これは私なりの解釈ですが。
動けない体を捨てて、魂になって、また剣を振るいたいと。
だから、割と自分の死をちゃんと受け入れられたんじゃないかなと、私は思ってます。
そういう感じで好き勝手に書かせていただきました。


平成24年5月10日 如月神無 拝